2007年09月13日

無観客試合

無観客試合
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: ナビゲーション, 検索

無観客試合(むかんきゃくしあい)は、サッカーやハンドボールなどにおいてサポーターのトラブルなどを原因として競技連盟が観客を入れて試合をすることを規制する罰則である。

この罰則は主にチームとサポーターに対しての罰則で、チームにとっては試合の入場料を取ることが出来なくなり、サポーターにとっては試合を見ることが出来ない。実質プレーする選手には関係無い罰則ではあるが、観客がいない故に全く歓声が無いのでモチベーションを下げてしまう選手も中には存在する。

ただし観客はスタジアム内に立ち入らなければスタジアムの横で応援することが可能な場合もある。後述の2006 FIFAワールドカップアジア地区予選、日本-北朝鮮戦において無観客試合が適用されたが、日本代表のサポーターがスタジアムの横で選手に対して声援を送っていた。

罰則以外にもテロや暴動が起こりうる地域において選手の身を守るために適用する場合もある。
目次
[非表示]

* 1 主な事例
o 1.1 サッカー
o 1.2 ハンドボール
* 2 関連項目

[編集] 主な事例

[編集] サッカー

* UEFAチャンピオンズリーグ 2004-05の準々決勝第2戦(2005年4月)、ミラノ・ジュゼッペ・メアッツァサッカー場で開いたインター・ミラノ(以下・インテル)vsACミラン(ミラノダービーマッチ)の試合で、インテルのサポーターが試合中に発炎筒を炊き、その内の一つがACミランのGKヂーダに直撃。更にそれを止めようとしなかったためこの試合は没収試合扱い(0-3でACミランの勝ち)となった。
この件で、インテルに対してUEFAは30万スイスフランとUEFA主催の欧州クラブ国際試合(CL、UEFA杯を含む)のホームゲームについて、向こう3年間(2006-2007年シーズンまで)の間で条件付き4試合の無観客試合とする制裁を決めた。この期間中に再び同様のトラブルがあった場合は更に2試合の制裁追加(合計6試合)となった。
* 2005年6月8日に平壌で開かれる予定であった ワールドカップサッカードイツ大会のアジア最終予選・北朝鮮vs日本の試合が第3国・無観客試合となった。これは3月30日に北朝鮮のホーム(金日成スタジアム)で行った同大会のイランとの試合で、北朝鮮のファンが主審の判定に対してスタンドの椅子やモノを投げ込んだりするフーリガン行為が発生したためである。
これを重く見たFIFAは、北朝鮮に対して罰金2万スイス・フラン(約200万円)と、北朝鮮国内での開催権を没収して第3国(中立国)での無観客試合とする制裁を決めた。この後、FIFAは北朝鮮からの異議申し立てがなく無観客試合を行う場合の会場をタイ・バンコク(スパチャラサイ国立競技場)で開くことを決定。なお日本はこの試合でW杯出場を(開催国のドイツ以外では)世界で一番早く決めた。
* 2007年2月2日にシチリアで行われたセリエAのカターニャvsパレルモ戦で起きた暴動事件を受けて、第23節以降のうち、安全基準を満たしていないスタジアムでの試合を無観客で行うことになった。
* サッカー欧州選手権2008予選(2007年6月2日)、デンマークのコペンハーゲンで行われたデンマークvsスウェーデンの試合で、3-3となっていた後半44分、デンマーク代表選手がスウェーデン代表選手に暴行を働き、主審から即座にレッドカードを掲示されて退場処分となる。これに激怒したデンマークのサポーターがピッチに乱入し、主審を襲撃した。審判への暴行を原因にこの試合は打ち切られ、没収試合扱い(0-3でスウェーデンの勝ち)となった。この件で、デンマークに対してUEFAは10万スイス・フラン(約1000万円)の罰金と残りのデンマーク主催試合をコペンハーゲンから250キロ以上離れた場所での開催の上、9月12日のリヒテンシュタイン戦を無観客試合とする制裁を決めた。また、暴行を働いたデンマークの選手に関しては3試合の出場停止処分が下された。

[編集] ハンドボール

* 1976年モントリオールオリンピックアジア最終予選の日本vsイスラエル戦2試合は、テロ対策により無観客で行われた。今日まで日本で適用された唯一の無観客試合である。
* 2005年4月のハンドボール東アジアクラブ選手権は無観客で行われた。当時中国では大規模な反日デモが起こっており、中国側が安全面を配慮し、既に売られていた1500枚のチケットをすべて回収した。日本対中国のクラブの試合のみに限らずすべてのカードで適用された。


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

[PR]

草薙剣の日記

甘酒婆の日記

蛇之麁正の日記

天逆毎の日記

上古刀の日記

posted by スイセン at 18:06| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

東京オリンピック (1940年)

東京オリンピック (1940年)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: ナビゲーション, 検索

第12回東京オリンピック(とうきょうオリンピック、英:Games of the XII Olympiad)は、1940年9月21日から10月6日にかけて開催される予定であった夏季オリンピックである。日中戦争の影響により開催権を返上したため開催はされなかった。
目次
[非表示]

* 1 経緯
o 1.1 意思表示から招致へ
o 1.2 返上へ
* 2 その他
* 3 参考文献
* 4 関連項目
* 5 外部リンク

[編集] 経緯

[編集] 意思表示から招致へ

1929年、日本学生競技連盟会長の山本忠興は来日した国際陸上競技連盟会長エドストローム(後のIOC会長)と会談し、日本でのオリンピック開催は可能か否か、という話題に花をさかせた。このエピソードが東京市当局や永田秀次郎東京市長にも伝わり、にわかにオリンピック誘致の機運が高まってきた。翌1930年、ドイツで開催された世界学生陸上競技選手権から帰国した山本は、オリンピック東京開催は俄然実現可能である、との調査報告書を市長あてに提出した。

1931年10月28日、東京市議会で「国際オリンピック競技大会開催に関する建議」が満場一致で採択された。主会場には、駒沢村に計画の競技場群、および神宮外苑を充てるとした。

永田市長は欧州駐在大使・公使さらにはジュネーヴの国際連盟事務局次長だった杉村陽太郎にあてて、招致運動への依頼状を送り、国内においては体育関係者、東京商工会議所に協力を依頼した。また米国留学経験を持つ市会議員を派遣し、ロサンゼルスで開催されるIOC総会出席者への運動を行わせた。

1932年、当該総会の席上、日本代表はIOC会長に対し正式招待状を提出。こうして東京は、ローマ(イタリア)、バルセロナ(スペイン)、ヘルシンキ(フィンランド)、ブダペスト(ハンガリー)、アレキサンドリア(エジプト)、ブエノスアイレス(アルゼンチン)、リオデジャネイロ(ブラジル)、ダブリン(アイルランド)、トロント(カナダ)とともに、第12回国際オリンピック競技大会開催候補地として正式立候補したのであった。

1940年大会開催地を決定する1935年のIOCオスロ総会では、東京、ローマおよびヘルシンキの三市の争いとなった(開催都市は、その5年前の総会で決定するとするのが当時のルールであった)。東京開催の障害要因としては「夏季の高温多雨」「欧米から遠く離れていることによる旅費・時間の問題」が挙げられた。東京市は前者に関しては、例えばマルセイユに比べてもはるかに涼しいこと、後者に関しては参加希望国当り100万円の補助を行うことを述べて反論したが、それを受けて他の二市も同様の旅費、宿泊費補助プランを公表するなど招致合戦は白熱した。日本はムッソリーニ首相に直接交渉を行いローマの辞退を勝ち取ったが、総会は会期切れとなり開催地決定投票を翌年のベルリンに延期するという異例の展開となった。

オスロ総会後、東京市はさらなる招致活動費用として、85,926円を計上。翌1936年3月、IOC委員長ラツール伯の来日を迎え、好感触を得た。7月31日の投票では東京34票、ヘルシンキ27票で東京開催が決定した。オリンピック招致成功をうけて、1936年12月に文部省の斡旋で東京市、大日本体育会などを中心として第十二回オリンピック東京大会組織委員会が成立し、本格的な準備に着手した。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

[PR]

クンタオの日記

アイフラーマムジンの日記

チダオバの日記

ボクシングの日記

シランバムの日記
posted by スイセン at 12:09| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月06日

全日本モトクロス選手権

全日本モトクロス選手権
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: ナビゲーション, 検索

全日本モトクロス選手権(ぜんにほんもとくろすせんしゅけん、ALL JAPAN MOTOCROSS CHAMPIONSHIP)は、日本モーターサイクルスポーツ協会(MFJ)が主催する国内最高峰のモトクロス選手権。
目次
[非表示]

* 1 現在のクラス
o 1.1 ポイント
* 2 歴代チャンピオン
* 3 2006年
o 3.1 優勝ライダー
* 4 関連項目
* 5 外部リンク

[編集] 現在のクラス

* 国際A級(IA)
o IA1(旧国際A級250cc)

2ストローク175cc〜250cc及び4ストローク290cc〜450ccのレース専用マシンで競う。30分+1周を2ヒート(レース)の決勝レースが行われる。全日本モトクロス選手権最高峰カテゴリー。

o IA2(旧国際A級125cc)

2ストローク100cc〜125cc及び4ストローク175cc〜250ccのレース専用マシンで競う。

* 国際B級(IB)

2ストローク100cc〜125cc及び4ストローク175cc〜250ccのIB2(旧称125cc)クラスと、オープンクラスがある。各クラス20分+1周各1ヒート。ダブルエントリーが認められる。有効ポイント制。

* レディース

2ストローク50cc超85cc以下。15分+1周1ヒート。有効ポイント制。

[編集] ポイント

1位=25、2位=22、3位=20、4位=18、5位=16、6位=15、7位=14、8位=13、9位=12、10位=11、11位=10、12位=9、13位=8、14位=7、15位=6、16位=5、17位=4、18位=3、19位=2、20位=1

※MFJ(日本)グランプリでは3ポイントが加算される。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

[PR]

空手道の日記

少林寺拳法の日記

ねずみ小僧の日記

杜若の日記

夕顔の日記
posted by スイセン at 15:03| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月01日

ルール

ルール

プレイヤーは3人から6人。2人で遊ぶことも可能ではあるが、面白みにはかける。一般的な大会では4人でプレイされる。

最初に各プレイヤーは1枚ずつタイルを引く。このタイルの数字が少ない順にプレイすることになる。その後それらのタイルは場に置き、必要ならばさらに無作為にタイルを選び合計6枚のタイルを場に配置しておく。

各プレイヤーは最初に6000ドルと無作為に選ばれた6つのタイルを持つ。各ターンにプレイヤーは以下の行動を取る。

1. タイルを1つ場に出す
2. 新たにチェーンができたり、合併が起こった場合には適切な処理を行う
3. 株券を買ってもよい(ただし、その時点でボード上に存在するチェーンに限る)
4. タイルを1つ引く

もしタイルを置いたマスの隣にホテルチェーンに含まれていないホテルがあり、すでに7つのチェーンが場に存在していない限り、新しいホテルチェーンが設立される。プレイヤーはどのホテルチェーンを設立するか選択した後、そのホテルチェーンの株券を一枚無償で手に入れることができる。

各プレイヤーはタイルを置いた後、場にあるホテルチェーンの株を最大3枚まで買うことができる。

タイルを置いたマスが既存のホテルチェーンに隣接しているとき、そのタイルはホテルチェーンに吸収されることになる。もし2つ以上のホテルチェーンに隣接していた場合、チェーンの合併が起こり、最も大きいホテルチェーンに他のホテルチェーンが吸収される。同じ大きさのホテルチェーンが合併する場合にはどちらが存続するかはタイルをおいたプレイヤーが決定することができる。

ホテルチェーン同士の合併があったとき、吸収されたホテルチェーンの筆頭と2番手の株主はその時のチェーンの規模によって決められた配当を受ける。また、吸収されたホテルチェーンの株主は、それぞれ所有する株券を以下のように処理することができる。

1. 所有する株券を売却する(チェーンの規模によって価格が決まる)。
2. 所有する株券2枚に対し新しい株券1枚の比率で交換する。
3. そのまま株券を保持しておく。(新たに同じチェーンが設立された場合その株券も有効になる)

ホテルチェーンがタイルを11個以上を含む場合、合併によって吸収されることはなくなる。従って2つの11個以上のタイルを含むホテルチェーンに隣接するマスにはもうタイルを置くことはできない。そのようなタイルが手にあるときには、自分の手番の最初にその事実を公開してゲームから除外できる。その場合、手番の最後のタイル補充の時点で、6枚になるまで補充できる。

ホテルチェーンのどれかが41個以上のタイルを含むか、全てのホテルチェーンが11個以上のタイルを含んだ時、プレイヤーはゲームの終了を宣言できる。ゲームの終了を宣言したプレイヤーが自分の手番を終わらせた時点でゲームは終了する。ここで、全ホテルチェーンの筆頭株主と第2株主は規模に応じた配当を受ける。そして全員が手持ちの株券を売却する。残っていた現金と合わせて、最終的に持ち金が一番多くなったプレイヤーを勝者とする。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

[PR]

シマトネリコの日記

向日葵の日記

ベンジャミンの日記

ストロベリーグアバの日記

スパティフィラムの日記
posted by スイセン at 15:38| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月31日

インカレ

インカレ

正式名称は全日本学生ラート競技選手権大会。通称は「ラートインカレ」。

毎年学生が夏期休暇である8月に開催されている。 これは2005年度より開催が始まったものであり、第1回,第2回は筑波大学体操部の協力を得てつくば市で行われた。

規定されている参加資格は、大学生・短期大学生・大学院生・高等専門学校生・専門学校生を含む学生であり、かつ日本ラート協会会員でなければならない。

ラートインカレは第1回大会から、規定演技の部を予選とし自由演技の部を決勝とする試合形式を取っている。

規定演技の部において選手は、後述される「級」におけるいずれかの演技を選択しなくてはならない。ただし、跳躍には級が存在しないため、3つの技(開脚座り跳び,閉脚かかえこみ跳び,伸身跳び)のいずれかを選択しなければならない。

自由演技の部は、規定演技の部における種目別6位入賞者によって競われる。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

[PR]

八重桜の日記

チュピタンサスの日記

クロトンの日記

セロームの日記

パンジーの日記
posted by スイセン at 20:13| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月29日

アドバンス・ケイブダイバー(Advanced Cave Diver)

アドバンス・ケイブダイバー(Advanced Cave Diver)

[編集] 混合ガス(Mixes Gas Cave Diver)
減圧用タンクを使用するケイブダイバー
減圧用タンクを使用するケイブダイバー

各洞窟の水深に適したナイトロックスやトライミックスを使用しての潜水。また純酸素などによる減圧潜水。洞窟内では自然光が届かなく、水温も一定、強制的な水深移動などの為、水深の感覚がつかみ辛く、ナイトロックスなどの酸素暴露限界水深やトライミックスの最小深度限界水深を誤る危険性が高い。 よって混合ガスのトレーニングと別に、混合ガスケイブダイバーの認定講習を設ける団体もある。

* アドバンスドケイブインストラクター前提条件
o A. フルケイブインストラクター
o B. オープンウォーターインストラクター以上
o C. 300本以上のフルケイブダイビング
o D. 8回以上のケイブダイバーコース開催
o E. 15本以上の各スペシャリティケイブダイビング
o F. 21歳以上

[編集] 測量ケイブダイバー(Survey Cave Diver)
洞窟の測量をするダイバー
洞窟の測量をするダイバー

ケイブダイビングにおける特殊な水中測量を目的とした技術と知識を身に付けたケイブダイバー。

測量用装備は、

* コンパス
* スレート(水中ノート)
* 巻き尺(リールなど)
* 棒
* 水中カメラ
* ターゲットライト(レーザー発光灯など)
* 電波測量器
* 測図作成ソフト
* 測量ケイブダイバー前提条件
o A. フルケイブダイバー
o B. 25本以上のファンフルケイブダイビング


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

[PR]

宮崎あおい

辻希美

コブクロ

スライ

おもちゃ
posted by スイセン at 15:20| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。